島根大学汽水域研究センター
2003年 新春恒例 「汽水域研究発表会」2003.1.11.
講演要旨
第1部 「中海干拓中止後の汽水環境の修復および保全に関する研究」中間報告
A01.大谷修司(教育学部): 宍道湖中海水系における過去6年間の赤潮の発生状況について
赤潮生物,特にProrocentrum minimumについて1996年度から2001年度までの細胞数の経年変化を報告した.中海では,本種は夏を除いて赤潮を形成する傾向があり,その時の電気伝導度は約20-30mS/cmの範囲であった.この間,2000年を除き5月に赤潮を形成し6月には衰退する現象が見られた.宍道湖では,電気伝導度が約10mS/cmの条件で1996年,1998年6月に本種の赤潮が発生した.2001年8月は本庄工区に本種の赤潮が発生した
A02.國井秀伸(汽水域研究センター): 汽水域の海草コアマモの成長に対する塩分,光,水温の影響
コアマモは汽水域を主な生育場所としている海草である.この植物の分布域を規定する環境要因のうち,光,塩分,水温が地下茎の成長に及ぼす影響を,半野外実験により調べた.その結果,コアマモは塩分に関しては5%から100%濃度の海水で成長が可能であること,光に関しては透明度以上の光を要求すること,水温に関しては15度から25度の間が適していることなどがわかった.種子繁殖に関してはデータを取ることが出来なかったので,今後は種子生産と発芽に関するデータを取り,宍道湖・中海水系におけるコアマモ場の再生を図りたい.
A03.古津年章(総合理工学部),作野裕司(広島大学工学部),松永恒雄(国立環境研),高安克己(汽水域研究センター),下舞豊志(総合理工学部): 汽水域環境のリモートセンシング:何が測れるか,どう使うか?
リモートセンシングは短時間に汽水域全体の環境要素を把握できる唯一の計測手法と言える.これまでの衛星同期観測などを踏まえた研究結果,クロロフィル-a,濁度,水温,風速分布などが測定可能,あるいは測定の可能性が示唆された.それらの計測法と結果例を紹介する.更にリモートセンシングから得られる情報を,汽水域環境モニタや環境修復にどのように利用すべきかを議論する.
A04.清家 泰(総合理工学部)・樋口智一(総合理工学部)・福森亮子(総合理工学部)・清水隆夫((株)クラレ)・鮎川和泰(環境システム(株))・高安克己(汽水域研究センター)・菅井隆吉((社)中国建設弘済会)・千賀 有希子((社)中国建設弘済会)・藤永 薫(総合理工学部)・奥村 稔(総合理工学部): DOに対する信憑性の高い連続計測技術の開発とその評価?中海を例として
近年,沿岸海域や湖沼の水質(水温, 塩分, DO, pH, ORP等)の監視にマルチ水質センサーによる連続モニタリングシステムが活用されるようになってきたが,長期間に渡る場合,センサー周辺への生物(藻類,貝類等)の付着による弊害を受けるため,信頼性の高いデータを得るためにはメンテナンスを頻繁に行う必要があった.その対策として,センサーカバー「アクアキュート(C11H17Cl2NOS)」(クラレ製品)でセンサー部分を包む形で使用したところ,生物の付着を抑制するのに有効であることが分かった.しかしながら,計測初期のデータを比較したところ,水温, 塩分, pH, ORPに関しては良好な値を示したものの,DOについてはセンサーカバーを使用したものの方が低値を示す傾向がみられ,新たな問題点が生じた.その原因について検討したところ,アクアキュートの分解産物として硫化水素が生成し,さらに,式(1)の反応により単体硫黄への酸化が進行していることが分かり,またそれに見合うだけの酸素消費が認められたことからDO消費の主たる要因が式(1)の反応に基づくことが明らかとなった.
H2S + 1/2O2 → H2O + S0 ・・・(1)
しかし,幸いなことに,計測時の5分(2分以上)前から予め攪拌器を作動させ,センサー周辺の水を十分に入替えた後に測定すれば,問題点をクリアーできることが分かった.これによりメンテナンスフリーで長期間連続的にデータを得ることが可能となった.なお,本製品は,以前魚網に使用されていたような有機スズ系化合物とは性質の異なる有機窒素硫黄系化合物であり,その成分は,水中,堆積物中で速やかに分解し,成分自体やその分解物が環境や生物に蓄積することは無いものと考えられ,環境ホルモン問題に関しても安全な環境調和型のものである.
A05.山下真司(総合理工学部)・瀬戸浩二(汽水域研究センター)・内山知憲(総合理工学部): 中海の塩分躍層付近に濃集しているクロロフィルの日変化
中海湖心観測点付近でクロロフィル量および水質の24時間観測を行った.全クロロフィル量(水柱の合計)は夜に高く,昼に低い傾向にある.また,クロロフィルの濃集層は,塩分躍層直下にあり,夜に濃くなる傾向が観測された.
A06.野村律夫(教育学部)・瀬戸浩二(汽水域研究センター): 中海湖心部における水深別フラックスの年間変動
干拓計画が中止された中海において,懸濁物質がどのような沈降過程を有し,また風浪・水位変動によって湖底堆積物がどの程度撹拌されるのだろうか.我々は,懸濁物質の水深別変動と各種の生物との関係を月単位で2年間調査した.風力・波高から推測される中海は,湖底の撹拌が著しいものとみられるが,実際にはトラップ中の堆積物量の変化からは,この物理的現象との相関が低かった。粘土鉱物などの無機的堆積量を水深別にみると,生物量が多い7月〜9月に多くなっている特徴がある。これを有機物量と比較してみると,水深1m〜4mが特に多くの割合を占めている.この研究では,水中の無機的そして有機的懸濁物の沈降・堆積を決定している要因に生物学的活動(捕集作用)が大きく寄与していることが明らかとなった。現在,トラップの容器内に生物を生息させないようにした新たなフラックス調査を始めている.
A07.三瓶良和(総合理工学部)・高安克己(汽水域研究センター): 中海の底泥と環境変化
汽水環境の修復・保全のためには,まず,"汽水環境は本来どんな性質を持つのか,また,自然レベルはどのように変動するのか"を知る必要がある.中海の過去約8000年間の自然環境変化を泥質堆積物から調べると,約7000年前の温暖期には湖内基礎生産が高く湖底が還元的になったが,増加した雨による砕屑物供給で底泥有機物が希釈され,劣悪な"ヘドロ"(サプロペル)の形成が回避された(自浄作用).しかし,人為的影響の重なった現在では,ダムなどによって砕屑物の供給が減少している.中海・宍道湖への栄養塩付加のシミュレーションを併せて行うと,鉄を含む泥質分の不足によって,高濃度の硫化水素を含む劣悪な"ヘドロ"が今後の温暖化で増加する可能性がある.
A08.高安克己(汽水域研究センター): 潟湖堆積物コアからみた恒久的貧酸素水塊の形成条件
貧酸素水塊が恒常的に続く条件について,出雲平野西部の潟湖堆積物コア中のバイオターベイションがみられず縞状堆積物が堆積している層準の古環境解析から検討した.その結果,閉鎖的環境が成立している水域で水深が15m以上,TOCが3%以上,年平均堆積速度が1kg/m2以下のときに形成されていることが明らかになった.現在の中海湖底の60%はTOCが3%以上であり,年間堆積速度も0.4〜1.0kg/m2と低いが,水深は浚渫ピットをのぞけば15mよりも浅く,冬の季節風による垂直混合の効果によってかろうじて恒久的な貧酸素環境が免れている,と評価できる.
A09.相崎守弘・谷本憲久・横山夏奈子・山口啓子(生物資源科学部): 中海自然再生湖岸の地形変化に関する研究−離岸堤の効果について−
中海大井湖岸に2002年3月末に造成された自然再生湖岸の離岸堤内の地形変化について2002年4月から11月までほぼ毎月1度の頻度で調査した.その結果以下のような点が明らかになった.1)離岸堤内の地形は4月から5月にかけて大きく変化し,その後の変化は少なかった.2)離岸堤の存在により離岸堤北側では砂の堆積が見られたが,中央から南側では深く掘られ,地形が急激に変化する構造となった.3)沖帯に生息するオゴノリなどが剥がれて多量に湖岸に打ち寄せられるが,その多くが深化した離岸堤内窪地に堆積し,腐敗することで高い酸素消費が観測された.4).離岸堤内では激しい地形変化と酸素不足から現状では安定した生物生息環境の確保は困難と考えられた.
以上の結果,本湖岸に設置された離岸堤は地形を複雑に変化させ,水遊びなどを想定した場合,非常に危険性が増し,親水性を減少させることが判明した.
A10.高安克己(汽水域研究センター)・小林靖男(総合理工学部)・吉田洋子(汽水域研究センター): 中海新生堆積物中の主要元素の分布特性(予報)
エネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いて中海全域から境水道,美保湾に至る116地点の底質の主要元素分析を行った.その結果,
Al,Fe,S,Znなど,どちらかというと中海南部に分布が偏るもの,Mg,Mnのように中海北部から本庄工区に偏るもの,Ca,Srなど境水道から美保湾にかけて集中するもの,など,水域によって底質の元素分布特性に特徴があり,これによる底質区分と環境評価の可能性がつかめた.
第2部 一般研究発表
B01.大塚泰介(滋賀県立琵琶湖博物館): 斐伊川の珪藻群集:いくつかの注目すべき種,および群落の分布
斐伊川上流から淡水域の最下流付近までの10地点で付着珪藻を採集し,構成種および分布を調べた.計数された205種のうち,優占度の高かった30種について2変量正規分布近似による序列化を試みたところ,砂から瀬の礫へと向かう環境勾配,および上流から中・下流に向かう環境勾配が検出された.日本新産と考えられるEncyonema
incurvatum,Navicula amphiceropsis,N. suprinii,N.vaneei についても報告した.
B02.江原亮・大谷修司(教育学部): 中海水系における赤潮生物Prorocentrum minimumと細菌群集の季節的消長
中海水系における赤潮の消失現象のメカニズム解明を目的とし,Prorocentrum minimumと細菌群集の季節的消長を調査した.その結果,P.minimumと細菌の細胞数の変動に共通点はみられなかった.また,中海産P.minimumに対し抗生物質を用いた無菌化実験を行い,無菌培養株を得ることに成功した.無菌培養株を用いた,殺藻細菌の検出はまだ成功していない.
B03.小川俊輔・大谷修司(教育学部): 汽水湖中海・宍道湖におけるProrocentrum minimumの形態変異
本研究では宍道湖・中海水系における赤潮の優占種である渦鞭毛藻Prorocentrum minimumを走査型電子顕微鏡観察・培養実験により分類学的検討を行った.結果として細胞側面の観察では中海において通常とは異なる形態の細胞が観察された.また細胞殻面の観察では宍道湖産と中海・本庄工区産で小刺密度に差異が認められた.塩分勾配実験ではいずれの培養株でも30 ‰で細胞数が最大となり,塩分での生育傾向に差は認められなかった.
B04.上真一・中井忍(広島大学大学院生物圏科学研究科)・相崎守弘(生物資源科学部): 中海本庄工区内の動物プランクトン現存量,生産速度は世界最高レベル:魚類種苗生産における餌としての利用
中海本庄工区内の中型動物プランクトンの現存量(年間平均:71.0 mg C m-3),生産速度(17.6 mg C m-3 d-1)は世界最高レベルにあり,それらを餌として利用すれば,控えめに見積もっても580万尾のマダイあるいはヒラメと1450万尾のアユの種苗生産が可能である.自然生産力を利用した重要水産魚種の種苗生産基地として,本水域を高度利用する計画は水産振興方策の選択肢の一つである.
B05.荒木悟・國井秀伸(汽水域研究センター): 塩性湿地の植物オオクグの繁殖生態
オオクグ(カヤツリグサ科)は,塩性湿地の多年生草本で絶滅危惧II類とされる.本種は多量の種子を生産するが,地下茎でのクローン繁殖も顕著である.筆者らは島根県大橋川河岸の個体群の種子生産量,発芽の有無,埋土種子数を調べ,あわせて酵素多型分析による局所スケールの遺伝子型解析をおこない本種の繁殖生態を検討した.2002年の結実期(5月)の種子生産数は7000?14000/平方メートルだった.発芽の有無を調べるため4月に60cm×60cmのコドラートを8ケ所設置し,うち4ケ所は地下茎由来の株を刈り払って日照を良くした.刈り取り区では4月末から7月にかけてわずかに発芽がみられたが,実生は全て3週間以内に死亡した.コントロールでは発芽はなかった.種子散布後の8月,新たに2ケ所の刈り取り区を設けたが発芽はなく,新加入シュートは全て地下茎由来だった.種子散布直後の7月には種子生産数にみあう埋土種子が土壌中に存在したが,種子散布前に採取した土壌中の種子数はその10?15%程度だった.よってもし前年の種子生産数も同程度だったとすれば,発芽がないにも関わらず大半の種子が失われたことになる.この理由は不明だが,オオクグ群落に生息するカニが種子を食べることを飼育で確認した.また遺伝子型の解析から,個体群は主にクローン繁殖で維持されていると考えられた.
B06.高田裕行(汽水域研究センター): 汽水域奥部の有機物に富む底質で優占する特異な有孔虫群 -サロマ湖・浜名湖を例として-
汽水〜内湾域の底層付近は,貧酸素状態になりやすく,有機物に富む底質がしばしば形成される.このような環境で,本来外洋性であるElphidium属の多産が散見される.本発表では,それらの多産が顕著な北海道サロマ湖で,底生有孔虫の生態を再検討した結果について,報告した.その結果,サロマ湖で夏季に貧酸素状態となる湖心部で,通常の種が繁殖に必要な水温-溶存酸素濃度の条件を満たせず,分布しないのに対し,Elphidium属の近縁属が高い分散能力を生かして湖心部で優占する事例を明らかにした.
B07.山口啓子・横山夏奈子・内田晶子・谷本憲久・相崎守弘(生物資源科学部): 中海におけるアサリの生残試験結果と漁場再生への課題
中海の水域改善のためにアサリを利用した水産振興が考えられている.しかし,現時点の中海において,アサリの現存量は高くない.その原因を明らかにするため,中海の各地でアサリの移植による生残実験を行ってきた.それらの結果,中海では貧酸素水塊の発達や青潮の問題に加え,海藻とその腐敗物が岸辺へと打ちよせ,嫌気分解を行うことが,浅場におけるアサリの生存を困難にしていることが明らかとなった.今後,この海藻を水中より効率的に取り上げることが重要な課題である.
B08.堀之内正博(汽水域研究センター): アマモ場と砂地における魚類群集構造の違いについて
静岡県浜名湖新居浜のアマモ場とその周囲の砂地において,1998年1〜12月にかけて毎月1回,目視観察を行い,それぞれの魚類群集構造を調べたところ,各月に出現した魚類の種数および個体数は,アマモ場と砂地との間で違いが無いか,あるいは砂地の方が多い場合がほとんどだった.人為的攪乱によるアマモ場の構造の経月変化パターンがこのような現象を引き起こす大きな要因と考えられた.
B09.宮本康(汽水域研究センター): 水辺域における種間相互作用と物質循環のかかわり
生態系は生物群集と非生物的環境から構成されており,それぞれの間では頻繁に物質のやり取りが行われている.本発表では,水辺域における生物種間の相互作用と物質循環のかかわりを示唆する事例(ヤナギを基点とする生食連鎖・抽水植物とらん藻類の関係・らん藻類と他の植物プランクトンの関係・打上げ海藻を基点とする食物連鎖)を紹介した.そして,水辺域の生態系では,種間相互作用が1)物質の流れの速さ,2)物質の流れる方向を変えてしまうこと,また,物質の流れが3)種間相互作用の結果,4)種間相互作用の形態を変えてしまうことを示した.
B10.吉柴伸一(総合理工学部)・瀬戸浩二(汽水域研究センター)・佐藤高晴(広島大学総合科学部): 中海における過去3000年間の堆積環境の変遷
中海から3本のコアが得られ,CNS元素分析および粒度分析を行った.全有機炭素量は,下位に向かって段階的に増加する傾向にあり,N2コアでは正のピークが見られる.このピークはこれまでの研究から約2700年前のものと思われる.また,粒度分析結果から,飯梨川に近いN2コアの約80cm以浅で,N1コアと明瞭に分かれため,その層準から飯梨川の河口の位置が現在と同じになったものと思われる.
B11.田中秀典(島根県環境保健公社): 貝化石から見た中海の古環境変遷
中海で採集された2本のコア試料中の二枚貝類化石の観察を行った.その結果,含まれている二枚貝類化石は,個体数の変化からアサリーホトトギスガイ群集・チゴトリガイ群集・シズクガイ−イヨスダレガイ群集の大きく3つの群集に分けることができた.これらの群集変遷は湖底環境の変化を表していると思われるが,さらなる検討が必要である.
B12.佐藤高晴・浜本雄司(広島大学総合科学部)・瀬戸浩二(汽水域研究センター): 中海などの堆積物の磁気的性質
B13.村上俊介(総合理工学部)・高田裕行・瀬戸浩二(汽水域研究センター): 阿蘇海における底生有孔虫群集とその形成過程
京都府阿蘇海において,表層ならびにコアリング調査を行い,底生有孔虫解析を行った.現在の阿蘇海では,Virgulinella cf. Fragilisが卓越していおり,それらはコアにおいて約1.2mの層準から出現している.恐らくそのころから阿蘇海が閉鎖されて現在のような環境に変化したものと思われる.
B14.角田大(総合理工学部)・瀬戸浩二(汽水域研究センター): 阿蘇海における堆積環境の変遷
京都府阿蘇海から2本のコアが得られ,CNS元素分析および粒度分析を行った.全有機炭素量は,上位1mと3m付近の層準で高い値を示している.これらの特徴から2本のコアを対することができた.また,1m付近の層準に洪水堆積物に類似した構造が見られるが,川に近いAso2コアから顕著に見られないことから,津波堆積物の可能性がある.
B15.徳岡隆夫(徳岡汽水環境研究所): TECHNO OCEAN2002への塩水楔観測システム研究開発グループ出展報告
表記の国際見本市は隔年で神戸で行われるもので,2000年度から学術団体展が併設され,ブースを一般企業の1/6の費用で利用できる.今回は35の団体が参加した.汽水域研究センターを含む産・官・学の当グループはこの10年来開発を手がけてきたシステムについての紹介を行った.汽水域はオーシャンの端ということになるが,このような会においても人間生活と関りが深い沿岸域についての関心が高いことを自覚させられた.次回はOCEANとの共同開催で,大規模な国際会議となる予定である.
B16.上野博芳・徳岡隆夫・西村清和・鈴木重教(徳岡汽水環境研究所): 江の川の観測井における淡塩境界の1年間にわたる観測結果
河口から8.65km上流の深度50mの観測井において地下の淡塩境界の動きを中心として1年間にわたって連続観測を行った結果について述べた.使用したのは1m間隔で設置した温度・塩分センサー,水位計,および新たに開発した簡易電気伝導度計で10cm間隔で4m間の塩分変化を捉えることができる.淡塩境界は潮汐の影響を受けていて,水位(流量)の変動にほぼ同調して変化するとともに,これとはかかわらない季節変動が存在し,その変動幅は4mよりもずっと大きいことがわかった.
B17.倉田健悟(汽水域研究センター)・上月康則・村上仁士(徳島大学大学院工学研究科)・篠原真三(国土交通省四国地方整備局)・森正次・北野倫生(徳島大学大学院工学研究科)・岩村俊平(株式会社エコー沿岸デザイン本部): 港湾の生態系を修復する技術の開発
垂直面で占められる港湾構造物の問題点を解消するため,生物群集の働きにより海底への有機物負荷が減少するよう形状を工夫した実験用の構造物を徳島県小松島港に設置した.設置から約2年後において,この構造物の前方の海底への沈降有機物濃度は直立構造物より低い傾向が見られた.しかしながら,一時的に沈降物を蓄積する役割を持つ構造物
Type A の平坦面において有機物の分解と消費は滞っていたと思われ,より浅い水深の平坦面にする必要があると考えられた.
B18.伊藤康宏(生物資源科学部): 近代における宍道湖の資源利用ー新聞史料を中心にー
本報告は,島根県庁文書から近代における宍道湖の資源の利用と管理システムの歴史的特徴を概観し,それを新聞記事で確認した.それは,水産団体による広域的,積極的な管理システム(宍道湖漁業組合,水産業組合,水産組合,水産会へと組織的に変遷)と地区漁業組合による地域的管理システムの2本柱から成り立っていた.地元新聞は水産団体による積極的な増養殖事業,資源利用の取組みを記事にしていた.
B19.浜田周作(汽水域研究センター・研究協力員): 島根県の昭和38年豪雪について
数年続く気候不順とは異なり「昭和38年の厳寒多雪」はひと冬で終わり,移動平均の表現では消え,記憶からも消えつつある.この厳冬は三段階を経た.対流圏中層で(1)1月第1半旬にベーリング海の上層高気圧が極東の寒気核を低緯度へ押し下げた.(2)第3,4半旬に米国西沖でリッジが急発達しブロッキング場顕著化し,寒気核回転に対応して山陰は暴風雪.(3)場はフラット化してトラフ通過時の降雪と続く融雪そして雪崩が多発.(1)は特に注目した.
B20.坂井三郎・IFREE4(IFREE): 鹿児島県上甑島貝池の水,堆積物,〜無酸素海洋環境の理解にむけて〜
鹿児島県上甑島に位置する貝池は,礫洲によって外海と隔てられた汽水湖である.湖の表層水は陸水の影響を受け約20PSUの低塩分を呈するが,水深約3m以深は礫洲を通した海水の侵入により30PSUを越える.このため湖水は恒常的な密度成層状態にあり,水深5mから湖底までの溶存酸素量は0ml/1を呈すると共に,硫化水素が存在する.水深4.5-5.0mには,無色の化学合成細菌Macromonas bipunctataや赤紫色を呈する光合成細菌Chromatium sp.を主体とする細菌群の密集層が確認された.不撹乱採取された堆積物コアから,堆積物表層約3cmにわたり,厚さ1mm未満の繊維状の微生物によるマットが形成されていることが明らかとなった.また軟エックス線写真から,堆積物内部には細かいラミナが何枚も観察された.今後の研究によって無酸素環境におけるバクテリア活動と,形成されたマットが堆積物中に保存されていく過程の解明が期待される.
B21.瀬戸浩二(汽水域研究センター): 南極の海跡湖の特徴とその形成過程
南極湖沼には6つのタイプの湖があり,それぞれ特異な堆積物が認められる.海跡湖は標高約25m以下に見られ,湖沼の周囲に完新世の貝の化石が観察される.そのような湖沼から柱状試料が得られ,湖水面の標高が8mの丸湾大池では,約3800年前に海洋から塩湖に移り変わったと考えられる.
B22.坂井三郎・瀬戸浩二(島根大学汽水域研究センター): AGU 2002 Fall Meetingに参加して −最近の汽水域関係研究の動向紹介−
2002年12月6?10日の日程でAGU (Amreican Geophysical Union) 2002 Fall Meetingがサンフランシスコ,モスコーニ・コンベンションセンターで開催された.本研究集会の発表分野は,地球科学全般にわたり,今回の参加者は約9000名であった.汽水域関係の研究についてestuarineで検索した結果,100
件以上の発表があった.特にポスター会場では,一つの汽水湖を対象としたポスターが10件程並んで展示されていたものが目を引き,アピール度が高かった.中海・宍道湖の研究をアピールするためにも,皆さん,来年度のAGUで是非発表しましょう.