荒西 太士 博士, 教授
Dr. Futoshi Aranishi, Professor
2007年10月1日付で汽水域研究センター環境変動解析分野の教授に着任いたしました。
農林水産省から宮崎大学を経て国内では3つ目の職場となりましたが、日本海側は初めてです。もともとの専門は、タンパク質化学や酵素化学など生化学分野でしたが、NRCカナダ国立バイオテクノロジー研究所留学を機に研究基盤を分子生物学にシフトさせ、その後は魚介藻類から微生物まで水棲生物を対象とした遺伝生態学や保全遺伝学など生態学分野で研究を展開しています。また、食糧資源として利用されている魚介藻類の遺伝情報は、市場に流通している水産加工食品の原材料判別やトレーサビリティー確保に有用であるため、食品のDNA鑑定の技術開発や受託鑑定など、基礎研究を応用した社会貢献にも取り組んでいます。
近年は、我々日本人に馴染みの深い「カキ(牡蠣)」をメインテーマにしています。カキ類は、極圏を除く世界中に分布し、現生種は80〜100種と推定されています。なかでも東アジア原産のマガキは、日本から世界各地に移植され、世界食糧機構の統計では全養殖生産量の約10%を占め、水産養殖動物第一位です。カキは、今や東アジアのみならず世界の水産食糧資源であるとともに、近い将来の地球規模での食糧不足を解決する切り札として注目されています。一方、カキは汽水生態系のキーストーン生物とされており、水質保全や水温維持、消波作用、魚礁効果など生産性の高い汽水環境を保持しています。このように、地球エコシステムに不可欠なカキですが、その実態はほとんど解明されておらず、分類ですら現在でも混乱しています。そこで、先端バイテク技術を駆使してDNAレベルでカキの謎に迫り、DNA分類や遺伝情報データベース化、進化放散や遺伝構造の解明、絶滅危惧種の探索、地球温暖化による分布変動調査などを進めてきました。
汽水域研究センターでは、まず、マガキの養殖事例がほとんどない日本海沿岸の野生マガキを狙っています。また、島根県は、知る人ぞ知るイワガキ養殖のパイオニアであり、最近は日本海側各県にイワガキ養殖が拡大しています。この地と時の利を活かして、イワガキにも研究を発展させ、遺伝資源の保全を図りつつ地域特産的な水産業の振興に貢献していきたいと考えています。一方、センターのお膝元の中海では、サルボウやアサリなどの資源が激減し、二枚貝漁業が壊滅状態にあります。二枚貝類は、環境浄化能力が高い反面、魚類などと比べて移動能力に劣るため生息環境の影響を強く受け、その資源量減少と環境悪化は“負のスパイラル”です。まだ実験室もなく暫くは手を拱かざるを得ませんが、センターにおける実験設備が整い次第、現在の中海の環境でも再生産可能なサルボウ遺伝集団の探索に着手する予定です。最後になりましたが、漸く大厄を落としたばかりの若輩ですので、関係者の皆様方には教育や研究はじめ様々な面でご指導を賜りますよう、この場を借りてお願い申し上げます。